「エンパスさんの本棚」運営者の「にわとり」と申します。
私が、もしかして自分が「エンパス」なのではないか?と気が付いたのは40歳になる直前のことでした。

「エンパス」という言葉自体はその数年前から知っていたにも関わらず、自分がそうであるという考えには至らなかったのです。
実は多くの方が、自分が「エンパス」であると知るまでには、長い時間がかかるのではないでしょうか。
なぜなら「エンパス」の人は、他人の幸せを優先する気持ちが強く、家族(親)の期待に応えようと長い間自分を作り変えてきた可能性があるからです。
自分のことを後回しにして、精一杯毎日をこなしてきた方が多いのではないかと思います。
このページでは、例にもれず「自分」を全く顧みていなかった私が「エンパス」にたどり着き、自分を好きになることができるまでについて、体験談を書いています。

自分が「エンパス」であると自覚するためには、積み重なった未消化の感情を消化することが必要でした。
「エンパスかもしれないけど、そう言い切る自信がない」「はっきりわからない」という方の、何らかのご参考になれば幸いです。
空気を読む「良い子」だった幼少期~学生時代
私は、自然の多い田舎町で生まれました。
今思えばもともと引っ込み思案だった私ですが、

私の両親は教師で、特に母親は優秀な娘になることを私と姉に求めていました。

少し年上の姉には、母は幼少期から特に厳しく接したそうです。
両親、祖父母の仲は互いに良くなく、互いに陰口を言ったり、時に大喧嘩したりするような荒れた家庭でした。
その中で生き延びるために、私は大人の空気を読み、「従順な良い子」でいることを選んでいました。

両親は私が中学校の頃に離婚。離婚の直接的な原因は母にあり、私と姉は母に引き取られます。
この頃から、もともと気性が荒かった姉がさらに情緒不安定に。

私は姉の話の聞き役となり、姉に関する母の愚痴も聞きました。
波風をたてずに生活するために私は当たり前のように「聞き役」を行い、時には父や祖父母との「つなぎ役」も行いました。

「都合の良い」大人へ
反抗期もないまま、「役割」に徹した学生時代を終えるころには、私は無意識に自分の感情を感じないようになっていました。
内心はかなりしんどかったにもかかわらず、いつも笑顔を作り、「普通のふり」をしながら人の顔色をうかがい、人に従う社会人になっていました。
当時の私のような人間には当然「ずるい人」が寄ってきます。

職場で嫌がらせを受けたり、不誠実な恋人とばかり付き合ったりし(結婚前に交際した人は皆、いわゆるナルシシストの特徴に当てはまる人ばかりでした)、
20代の後半には身も心もクタクタになっていました。
結婚後の平和
そんな私に、人生最大の転機が訪れます。学生時代の友人だった夫と、縁あって結婚したことです。

心が安定している夫と、隣の家に住み、気にかけてはくれるけれども干渉はしない義両親。
初めて穏やかな生活が訪れます。

無気力からの不思議な体験
そして、2人目の子を出産し、専業主婦になった33歳のときのこと。
私は毎日言いようのない無気力感に襲われます。
これまで他人から「穏やか」「優しい」と言われ続けてきたのに、大切な自分の子どもへ笑いかけることができず、最低限のお世話しかできないのです。
当時の私は「自分の限界」のようなものを感じていて、どん底の気分でした。


なぜ私はこんなに子育てのエネルギーがないのだろう?
なぜ私はいいお母さんになれないのだろう?
このままでは、子どもたちが危ないのではないか?
この焦りから、初めて「本当の自分」について考えたのをきっかけに、
頭の中の大爆発と、ちょっと不思議な体験をします。

変革の中で気がついたこと
抑圧していた多くの感情が爆発したあとは、次第に心が落ち着いていきました。
それから私は自分や生まれた家庭について知り、自分を変えようと試行錯誤することにしました。

まずはまだ残っている怒りや悲しみの感情を、とにかく正直に吐き出しました。

私にとってはとにかくこれが効果絶大で、行うたびに、体が軽くなり、視界もずっと明るくなるのを感じました。

臨床心理士の先生から「機能不全家族」という言葉も教えていただき、育った家庭や親について冷静にみられるようになってきました。

自分の正直な気持ちを自分に聞きながら、新しい考え方を取り入れられるようになってきました。

「エンパス」という存在を知る
その後は、家事と育児の合間にできるだけ時間をとって、自分に関連しそうなキーワードについて調べてみる日々が続きました。
- HSP
- 内向的
- 機能不全家庭
- 愛着の問題
- 母から母への負の連鎖
- 自分と家族の「自己愛」の問題
- 育った家族の中に、ナルシシスト傾向の人がいる
- 過去の恋人に皆、ナルシシスト傾向があった
- ナルシシスト傾向がある人が近づいてくる
- 抑圧していた影
そして40歳のとき、ユング心理学の「個性化」に関する動画などからヒントを得て、自分がおそらく「エンパス」であることに気がつきます。
(ユングは「エンパス」という言葉を使っておらず、「共感者」等と記していたようです)
自分で言うのも何ですが、第三者からみたら「エンパス」と自認している人はちょっと疑わしいというか、「根拠あるの?」と思われると思います(笑)
私が確信している理由は、各本に書かれている「エンパス」のエピソードに深く共感できること、いくつか存在する「エンパス」かどうかのテストで毎回高得点であることが挙げられますが、
- 機能不全家庭に生まれ、30年近く家族の調整の役割をとっていたこと、思春期の自分に「グレる」という考えがなかったこと
- 幼い頃から今までどのコミュニティにいても「ナルシシスト」の特徴に当てはまる人と親しくなり、振り回されることが多かったこと
このあたりが決定的だと自分では考えています。
「HSP」の概念を聞いた時も「自分に近い」とは感じていましたが、「エンパス」の存在を知ってから、これまで何を調べても納得がいかなかったパズルのピースが次々とはまっていくような、ものすごく「腑に落ちる」感覚がありました。
以来、「エンパス」について学んでいます。
学んでいくにつれて、自分が弱いから変な人ばかりを引き寄せていたわけではないこと、自分が壊れていたわけではなかったことがわかり、少しずつ自分を好きになっていくことができてきています。
それと同時に、「エンパス」はそのままではすごく生きづらいので、「エンパス」の力を生かして強くなる工夫をしていかなければならないのだということもわかってきました。
「エンパス」について研究されている方々の本からはとても貴重な情報をもらったり元気をもらえたりします。自分が忘れないようにするためと、同じような性質を持つ人たちと共有できたらと思いから、「エンパス」の本を集めたブログを作ろうと思った次第です。
そしてそれ以来、うまく言えませんが、「試されている」と感じたり「助けられている」と感じたりする場面に遭遇するスピードがどんどん加速していて、面白さを感じられるい毎日を送っています。
重い扉を押し開けたら
暗い道が続いてて
めげずに歩いたその先に
知らなかった世界
2019年 スピッツ 42ndsingle「優しいあの子」歌詞より引用

